そこにあるのは人の形をしたタンパク質だから

ところで、実家から大阪に帰る時に旦那とお葬式云々の話をしてて、こんなことを聞きました。

「故人に対しての感情っていうのは人それぞれ。
 たとえば俺の場合、死んだ人は人の形をしたタンパク質っていう認識やから。」

元々マジメで常識的でしっかりしてるけど、この人は死に対してこんな考え方をしてたのかとびっくりしました。

ん?でも、それは私に対してもそうなわけ?
私が焼かれて骨になっても、それは私じゃないから思い入れも何もないってこと?

という疑問が沸いたので聞いてみたら、ちょっと悩んだ顔をして「うーん、マユは例外」と答えました。

「マユが骨になったら、欠片を常に持っとくか、食べる。で、俺の中で生きてもらう。」

彼が普段愛の言葉を囁くことはないけれど、今までで1番大きな愛を感じる言葉だったと思います。

泣いてくれる人がいるしあわせ

昨日はおじいちゃんの告別式でした。

 

お仕事、1日お休みをいただきました。
ご返事が遅れていた方には今日お返しさせていただいています。

 

お世話になった人や親戚が亡くなったことはあったけど、幸か不幸か今までで1番身近な人が居なくなる経験は24歳にして初めてでした。

でも、周りの人が死んでいくっていうのは誰しもに訪れること。
そして自分自身もいつかは。
自然の摂理です。

父は最後まで涙を見せなくて、でもそれは「覚悟」があったからこそだと自分がその立場になったことを考えるとちょっとだけ納得できました。
もちろん喪主でずっと寝ずに忙しく動きまわってたのもあると思うけれど。

だって今突然父が死んだとしたならば、私は発狂すると思います。
でも父が老いて、段階を踏んで、徐々に自由が効かなくなってきたならば、あぁ自分たちにもついにその時が来たんだなと・・・現実と向き合おうとするんじゃないかなと。
ましてや父が苦しんでいたとしたなら尚更、楽にさせてあげたいと思う。

 

今日もすごく泣きました。
みんなも泣いてました。
おじいちゃんは愛されてたんやなぁって思いました。

それと、父を見てて働きぶりや人との接し方、対応、挨拶、言葉遣いなんかにも感動しました。
頼もしくて強い!と思ったよおじいちゃん。
お父さんと私を、私とみんなを、出会わせてくれてありがとう。

また会う日まで、元気でいてください。

おじいちゃんとの永遠のお別れ

今年の何月やったか忘れたけど、父方の祖父母が介護施設に入居しました。
その後2回くらい顔を出しに行ったんやっけか。

おばあちゃんは認知症の初期段階で同じことを何度も話す。
おじいちゃんは常にベッドに横たわっていてぽけーっと上を見上げている状態。

大阪に住んでからめっきり会う機会が減って・・・
月日は流れているんやなとしみじみ感じました。

ついこないだの連休実家に帰った時、父からおじいちゃんの病名が知らされました。

それまではただの老衰やと思ってた。
でもホンマは病気やってんな。

「進行性核上性麻痺」っていう、10万人に1人の難病。
パーキンソン病と似ていて、筋肉がどんどん麻痺していく病気です。
最終的にはご飯も唾液も喉を通らなくなってしまう。

でも、脳はしっかり動いてるから考えることもできる。
これって1番辛いやんな?

言いたいことが言えない、やりたいことができない、本当は頭の中に考えてることや思ってることがあるのに、それを形にできない。
周りの人には意志の疎通ができないと思われる。
でも本人はそうじゃないんだよね。

すごい悔しかったと思う。

実家から大阪に戻る時、父に「次帰ってくるのは年明けてからになるかな」って話したら、「それまでに帰ってきてもらうことになるかもしれんけど」って言われました。

 

で、そのたった2日後。

私は和歌山にいます。

おじいちゃんがその後すぐに亡くなったから。

今日はお通夜、明日はお葬式です。

おじいちゃんが安置されてる場所に行って、寝顔を見てきました。
ビックリするくらい痩せこけてて、骸骨に皮を被せたくらいの状態でした。

葬儀屋さんがおじいちゃんに白装束をまとわせて、家族で体を持ち上げて棺の中に入れました。
でも私と妹にはそれができなくて、隣で見てるだけでした。

涙が止まらなくて。

棺に収まったおじいちゃんに、おばあちゃんが言いました。

「あんたまだ逝ったらあかんやん・・・100歳まで生きるって言ってたのに」

その後、こう言いました。

「頑張ってや。忘れんといてよ・・・」

 

葬儀場に場所を移して、お通夜が始まりました。

父が自分の実父にお焼香するところを見て、また泣けました。

複雑やなぁ。
自分のおじいちゃんに対する気持ちも辛いし、おじいちゃんの子である父の感情を考えるのも辛い。

でも父はまだ一度も泣いてない。

自分が同じ立場になった時、父のように振る舞えるんやろか。

 

最後おじいちゃんに会った時、私は一方的に声を掛けるだけでこれといった会話はできへんかった。

でもおじいちゃんは「マユ、よう来てくれたな」って頭の中に浮かんでたと思う。

その時「マユも会えてよかったよ」って言ってあげれたらよかったのに。
ちゃんと通じてるよって伝えられたらよかったのに。

「後悔」っていつも取り返しがつかなくなってから起こるんよね。

 

明日、最後のお別れに行ってきます。

おかんの絵心のなさ半端ない

実家で母と妹とお絵かきして遊びました。

マユがお題を出してキャラクターを書いてもらってんけど・・・母の絵下手すぎワロタ(笑)

いやホンマはめっちゃイラスト上手やねんけど、やっぱ思い出し描きはこうなるわな!

 

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なんかミッキー古くさい。。

 

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足大丈夫?w

 

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某ゆるキャラ(のつもり)

 

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某ポケモン(のつもり)

 

後半ひどいw