おじいちゃんとの永遠のお別れ

今年の何月やったか忘れたけど、父方の祖父母が介護施設に入居しました。
その後2回くらい顔を出しに行ったんやっけか。

おばあちゃんは認知症の初期段階で同じことを何度も話す。
おじいちゃんは常にベッドに横たわっていてぽけーっと上を見上げている状態。

大阪に住んでからめっきり会う機会が減って・・・
月日は流れているんやなとしみじみ感じました。

ついこないだの連休実家に帰った時、父からおじいちゃんの病名が知らされました。

それまではただの老衰やと思ってた。
でもホンマは病気やってんな。

「進行性核上性麻痺」っていう、10万人に1人の難病。
パーキンソン病と似ていて、筋肉がどんどん麻痺していく病気です。
最終的にはご飯も唾液も喉を通らなくなってしまう。

でも、脳はしっかり動いてるから考えることもできる。
これって1番辛いやんな?

言いたいことが言えない、やりたいことができない、本当は頭の中に考えてることや思ってることがあるのに、それを形にできない。
周りの人には意志の疎通ができないと思われる。
でも本人はそうじゃないんだよね。

すごい悔しかったと思う。

実家から大阪に戻る時、父に「次帰ってくるのは年明けてからになるかな」って話したら、「それまでに帰ってきてもらうことになるかもしれんけど」って言われました。

 

で、そのたった2日後。

私は和歌山にいます。

おじいちゃんがその後すぐに亡くなったから。

今日はお通夜、明日はお葬式です。

おじいちゃんが安置されてる場所に行って、寝顔を見てきました。
ビックリするくらい痩せこけてて、骸骨に皮を被せたくらいの状態でした。

葬儀屋さんがおじいちゃんに白装束をまとわせて、家族で体を持ち上げて棺の中に入れました。
でも私と妹にはそれができなくて、隣で見てるだけでした。

涙が止まらなくて。

棺に収まったおじいちゃんに、おばあちゃんが言いました。

「あんたまだ逝ったらあかんやん・・・100歳まで生きるって言ってたのに」

その後、こう言いました。

「頑張ってや。忘れんといてよ・・・」

 

葬儀場に場所を移して、お通夜が始まりました。

父が自分の実父にお焼香するところを見て、また泣けました。

複雑やなぁ。
自分のおじいちゃんに対する気持ちも辛いし、おじいちゃんの子である父の感情を考えるのも辛い。

でも父はまだ一度も泣いてない。

自分が同じ立場になった時、父のように振る舞えるんやろか。

 

最後おじいちゃんに会った時、私は一方的に声を掛けるだけでこれといった会話はできへんかった。

でもおじいちゃんは「マユ、よう来てくれたな」って頭の中に浮かんでたと思う。

その時「マユも会えてよかったよ」って言ってあげれたらよかったのに。
ちゃんと通じてるよって伝えられたらよかったのに。

「後悔」っていつも取り返しがつかなくなってから起こるんよね。

 

明日、最後のお別れに行ってきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>